20170725

ミヒャエルハネケの『71フラグメンツ』

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DVD付属インタビュー内で監督のハネケ自身が饒舌に(核心までも度がすぎるほど)語るように「構造の秘密とは長さ」なのである。71 Fragments of a Chronology of chance と原題で題されている通り、71の欠片であって大筋となるストーリーラインは存在しており最終的に個々の話がオーストリア銀行の大量虐殺というカタストロフへ収束していく様子は本作の多くの評でこれまで指摘されてきた通りガスヴァンサントの『エレファント』やアルトマンの諸作品を思い起こさせる。正直なところFragments と題されるからには『コヤニスカッツィ』のようなバキバキの編集でめぐるしく変わる場面による幻惑的作用を期待していたので冒頭のアンビエントな雰囲気を持つロマの少年の脱出を描く長回しには肩すかしをくらった。しかしこれが不思議な心地よさを生み、何ら説明もなく話が展開することもないまま、優雅に夜景を捉えたまま10分が経過したころには黒味を多用したfragmentsによる冗長でありながら過度に説明的でない本作の編集リズムに釘付けになっていた。

fragmentsからなる全体を考えるほど漠然とし個々のカットを見つめるための検証からは離れていく。なので一番印象に残ったものを一つここで挙げる。難民のロマの少年が駅構内をさまようシーン。駅でホームの端をひとり歩く少年。ホームの端を歩いていることを駅の放送で咎められるのだが、少年は言葉が通じないためわからない。鳴り響くアナウンス。向かいのホームにいた現地の男の子がロマの少年を指さして笑う。それに気づきはにかむ少年。対岸の男の子も手を広げてロマの少年の真似をして振り子のようにしてホームの端を歩く。あまりにギリギリを歩くのでヒヤヒヤする。気が付くと画面内には死の香りが横溢する。ここでカメラは二人を同一の画面に入れるためにホームに入る電車の主観ショットのような正面の位置に移動する。二人は手を広げて互いにホームの端ギリギリに立ち、振り子のようにして歩いている。ロマの少年は手首をわずかに曲げている。幽霊、いや天使のように見えなくもない。少年は立ち止まりホームに垂直に向き合うと向かいの少年へ微笑み、そして数歩下がってゆっくりと走り出す。ホーム内へと飛び込んでしまう寸前、電車が到着する。暗転。次の場面へ。

こうした不穏な場面は何度も我々の前にあらわれては消えていく。終盤のテロの惨劇の被害に遭った死体から流れる血を延々映し続けるショットに代表されるようなある種のハネケ監督によるいやらしさに辟易したものの、全体を覆うコミュニケーション不全の主題とそれを巡る観客への饒舌で丁寧すぎるほどの演出は成功している気がする。

 

 

・冒頭の93年のボスニア紛争の映像に映る飛行機が未来少年コナンのギガントみたいだった。

 

水木しげる貸本モダンホラー 上』

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QJマンガ選書でこんなものが出ていたのかという驚きとともに購入。QJ漫画選書といえば、貸本からジャンプ連載作品までとにかくカオスでジャンクな漫画を復刊しまくりで一部のサブカル漫画ファンからカルトな人気を得た90年代の漫画を語る上で外せないレーベルである(悪評も含めて)。今回の水木しげる短編集は巻末の米澤嘉博の「斜線の一つ一つに至るまで水木しげる本人の手で描かれて」いるという言を信じるのならばまぎれもない「ガチ水木作品」であってそこらへん米澤氏以外の水木評者からの文章を読みたくなる。作家論に付随する、「そもそもマンガの作者とは誰か」問題、以前映画研究の同期に「マンガ研究はいいよなぁ、作家が作家だもん」との恨み節を頂いたが微妙に言い返せずに歯がゆい思いをしたので思考の片隅に常にとどめておきたい。

正直水木しげるは「のんのんばあ」以外まともに通読していないので偉そうなことを言えたクチではないが、このバタ臭さが癖になりそう。つうか全部胡散臭すぎる。ローファイなガレージサウンドなんてものじゃなく異様に味のある島村楽器の高校生バンドの動画のような血気迫ったものでありながら笑えてしまう雰囲気を持っているように感じた。(そもそも冒頭からヤマタノオロチ埋蔵金を探しにねずみおやじと旅に出る話だし)

いくつかの作品で「頭の良い知識人は時間を無駄にしない」というスノッブなモチーフが見え隠れしたのが気にかかる。