みんなの2023年のマンガベストです。ドタバタしていて遅くなっちゃって諸々遅れてすいませんでした。みなさんありがとうございます。敬称略の順不同。
その2
その3
その4
佐藤タキタロウ
1.フラッシュ・ポイント 今井新
中盤の超展開凄すぎる
2023ベストにしない理由無い
2.アンチマン 岡田索雲
主人公が執拗に右であり、下手であり、ネガティブを向き、ネガティブへ進んでいき、漫画の登場人物が左へ向かい始めた時に主人公が初めてポジティブな行為に及ぶ「動き」だけでアゲてくるのが熱い
3.脳外科医竹田くん
常に画面が暗い 薄明かりみたいな演出がおもろさを加速させてる
4.夏・ユートピアノ ほそやゆきの
5.砂の都 町田洋
2023、ジャンプ・ジャンプラ読み切りがあんまりオモロい年じゃなかったのであんまりしっかりしたの作れませんでした…
投擲装置(鶴田裕貴)
2023年マンガ(鶴田)
順位とかはないです。
・山口貴由『劇光仮面』
◯◯年のマンガ、とは言うけれど、日本では単一作品を何年もかけて連載し順次刊行することが当たり前なので、「今年」の規模は個々人で勝手に設定するしかないし、多分その規模は往々にしてカレンダーで測る1年よりも長い。高速で消費できるメディアである一方で、「バズり」と言うほど短期間で燃え尽きない消費のあり方がマンガにはまだ残っている。今年1巻が出たマンガでなくても、今年出た巻が面白ければそれは「今年」のマンガだし、もっと言えば1巻の時点で面白いことを要求しすぎるのも厳しくないか。2年かけてようやく全貌が見えてきた『劇光仮面』。ヒーローの変身という、その気になれば2コマで終わらせられるシークエンスに、多くのコマと言葉を挟み込むこと。時間をかけること。とにかくみんな落ち着け。
・ノッツ『好き好きだいちゅきつよつよソード』
それはそれとして1コマにめちゃくちゃ情報が詰め込まれてるマンガも面白いよね。起承転結が全部詰まっているコマをモジュール的に連結させていく画面。コマの空いてるところに本筋と関係ないボケも描き込んじゃう。キャラも爆速で増えていく。絵柄とかペンタッチとかそういうのとは別の、情報密度の過剰さという次元で作者の息遣いを感じる。
・板垣恵介『自伝板垣恵介自衛隊秘録~我が青春の習志野第一空挺団~』
バキシリーズもある時期からウダウダ間延びするようになったけど、よくよく思い出してみれば板垣恵介は当初から運動の人である以上にロマンティックな内面描写の人だった気がするし、内面の話するなら話が長くなるのは当たり前ですね。この自伝的マンガはそういう、少女マンガ的板垣恵介?みたいなものの真髄を見せつけてくれる。各章の描かれた時期がバラけていて作者の文体の変化がわかりやすく見て取れるのも楽しい。口を大きく描いた顔の演技から、隠喩や象徴への移行、的な。
・茅原クレセ『星屑の王子様』
19世紀末の米国コミックスなど読んでいる身としては、マンガの起源にはスラム・ツーリズムがあったのだと言いたい。スラムでも新宿でも、見る側のある種のエキゾチシズムやオリエンタリズムと切っても切れないにせよ、クソ野郎・クソアマだけで構成されるクソシステムが、遅かれ早かれ破局的に停止する気もするけどさしあたり走っていること、そのユーモアと寛容さ。そういう世紀をまたいだ「今年」もあるわけです。なんか最近は普通の歌舞伎町残酷物語みたいな展開になってきて不安だが……。
・吉沢潤一『アタックシンドローム類』
年末滑り込みで出た4巻がとにかく最高。ムカつく著名人の顔面を変形させまくると超楽しい!机の角をめぐるマルクスの超訳みたいな説教が特に良い。とはいえ更に注目すべきは、結末に向けて深まっていく左翼的思考とその自己反省だ。カウンセラーに向かって類が語ることは見た目に反して結構まとも、というかほぼ『監視資本主義』の議論なのだが、アテンション・エコノミーに組み込まれることに抵抗して地肌の接触に回帰するといういかにも左翼的なプロジェクトは、筋は通っていても実現可能性がほとんどない。気づけば類の顔も酷く変形している。結局、ビッグテックのプラットフォームを介して届けられた動画が希望らしきものを見せる。たぶんSNS経由でこの記事を読んでいる私やあなたのためのロマン。
・ナガノ『ちいかわ』(島編)
出たぞ、こいつがアテンション・エコノミーの覇者だ!なんか、もはや『ちいかわ』はシステムとして確立されきっていて、我々は消費者として上手いこと踊らされている感じもするけど、我々人間には機械に組み込まれて余剰資本を生み出す部品にされてしまうことを、そう自覚しながらも享楽してしまうことがある。ああまで言葉を廃したマンガを自分は読めるということの自尊心、ちいかわグッズを買っているだけで原作は読んでいない巷の連中、という実在するのか怪しい存在を想像し、連中にはこんな洗練されたマンガは読めないだろう、という臆断に基づいた優越感、に基づいてちいかわグッズを買う我々。どこか騙されている気がするという感覚はキャラの「かわいさ」に予め組み込まれた成分なのだろう。
・六志麻あさ/業務用餅/kisui『追放されたチート付与魔術師は気ままなセカンドライフを謳歌する。 ~俺は武器だけじゃなく、あらゆるものに『強化ポイント』を付与できるし、俺の意思でいつでも効果を解除できるけど、残った人たち大丈夫?~』
「暗殺の母」は2023年のベスト・キャラクターです。絶対こんなに活躍させるつもりで登場させたんじゃない。「半分」が大きくかましながら出てきた割に今ひとつキャラが弱いのは、キャラ自体が勝手に駆動するときのキャラと作品との摩擦みたいなものがないからだと思う。ミラベルのくだりから年単位で時間が経っているのも関係している気がする。たぶんこういうのを器官なき身体っていうんじゃないの。知らんけど。
・横谷加奈子『遠い日の陽』
個人的2023年ベスト短編。写真に対する情動の行き先が分かっていない中盤が特に面白い。メルカリで子どもの写真買うことが性欲と無関係なわけないだろというところをきっちり拾ってくれて嬉しかったし、送られてきた全裸写真がちゃんとエロく見えるのも偉いなと思った。大人の写真が送られてきて、チヒロ君の表象が思春期から切断されることがそのまま主人公の社会化を意味する、だからチヒロくんと主人公の姿が似ている。
・阿部共実『潮が舞い子が舞い』
2023年は『潮が舞い子が舞い』が完結した年です。でも完結巻よりも9巻が好きです。彼に「そんなことないよ、大丈夫だよ」と言ってやる大人の役を読者にやらせるのが憎いですね。子どもだけでできた危なっかしい場所がフラフラしながらなんとか保っている様子の美しさですね。よくできた大人も、逆に分かりやすく悪い大人も出てこないのが嬉しかった。
・TONO『チキタ☆GUGU』
2023年に出たマンガじゃないけど、2023年に俺が読んだ中で一番すごかったマンガ。人が生きたり死んだりなんて本当はどうでもいいことなんだ、というゼロ水準から出発して初めてわかる愛やいくつしみ、そしてそれらが生成する過程についての哲学。愛のカテゴリを細分化していくのではなく、カテゴリ以前の生成プロセスが重要なのだ。人間一般に対する博愛なんてあるわけないからこそ、特別に愛する個人のうちにどうでもよかった死を再発見しなければならない。今のマンガではないが、今読むべきマンガ。タイトルの表記が全然安定しないけどこれでええのか。
永井乳歯
今年は色々あってあまり漫画を読めなかったのですが、印象に残ったものを挙げます。
それぞれへのコメントは割愛しますが、ひとつだけ言うと。良さを言語化して解説したくなるタイプの作品とそうでない作品がありますが、それはその良さがどれぐらい言語化可能かどうかとはまた別軸だなとつくづく思います。
司書正
出会って4光年で合体
A perfect day
アンチマン
異世界マッチング支援業者
西瓜士
ドルおじ #ドールに沼ったおじさんの話 さとうはるみ
とにかく大ゴマ・見開きの使い方が面白い
基本はおじさんの変顔でリズムを作りつつ大筋も用意し、コーラ、ポイフルなどによる小物の活用が巧みで満足度が非常に高かった
春あかね高校定時制夜間部 heisoku
エピソードのディティールがものすごく細かく、大きな縦筋ではなくディティールによって進めるコメディで地力の高さを感じた
フラッシュ・ポイント 今井新
今年はフラッシュ・ポイントがすごいよと聞いて読んだら文句なく凄かったので
エッセイ形式なのですが、「うつ病になった自分の奇妙な行動・思考は他者が読んでも面白いだろう」という他者性がとにかく鋭い
おいしい二拠点 イシデ電
こちらもディティールものだが、夫婦間のぶつかり合いなどウェットに進みそうなところを常にユーモアで回避していて漫画という媒体であることの意義を感じる
スーパーベイビー 丸顔めめ
前年も入れたのだが「九州出身者と東京出身者のカップルが地方において愛を肯定する」エピソードを描いた5巻が2023年に刊行された時点で今年も入れざるを得ない
「住みませんか荒尾(熊本の地方部)に」⇒「らくぴ免許は?」のシーンは、都会から地方に、地方から都会に幻想を抱く我々への鋭くも愛にあふれたカウンターになっている
ねずみの初恋 大瀬戸陸
恋人がヤクザにボコボコにされてしまったお詫びとして主人公の少女・ねずみがそっと乳首を見せるシーンですごい漫画が始まるというワクワク感がある
脳外科医竹田くん 作者不詳
実在の事件・不祥事を追及した漫画であり、特に自分も被害者のご家族のブログなどをずっと読んでいた身としてベストとして取り上げることを躊躇したが、あまりにも漫画として読者に届けることを念頭に置いた作りになっていたため挙げさせていただきます
二階堂地獄ゴルフ 福本伸行
第一話がとにかく鋭い この一話だけでも読む価値がある
関野葵
「上京生活録イチジョウ5」協力:福本伸行
「下北沢バックヤードストーリー」西尾雄太
「糸を撚る」 高柳カツヤ
「路傍のフジイ」 鍋倉夫
「スカライティ2」日々曜
「這い寄るな金星」華沢寛治
「スーパースターを唄って。」薄場圭
「天国」ゴトウユキコ
「付き合ってあげても良いかな11」たみふる
「東京ヒゴロ3」松本大洋
吉田貴司
https://x.com/yoshidatakashi3?s=20
普段あんま漫画を読まないんですが、ご縁をいただき参加させていただきました。
来年はここに自分の漫画も紹介されるように頑張ります。
「中高一貫!!笹塚高校コスメ部!!」4巻まで発売中!
平凡倶楽部 こうの史代
こうの史代作品を今年はいくつか読みました。「長い道」も好きなんですが、あえて「平凡倶楽部」で。
こうの史代先生のエッセイなんですが、その中で東京都青少年保護条例について、こうの先生自身が東京都庁青少年課に「青少年にとって有害な性とは何か」を直接聞きに行くという回があって、とても感動しました。
「性的な対象」とはどういうものか、人間は「性」という要素を切り離して人の心に響く作品を作ることが出来るのか、ということをものすごく分かりやすく、真摯に、穏和に、ユーモラスに、でも極めて論理的に聞き取り取材がなされています。
とてもよかったです。
MUJINA INTO THE DEEP 浅野いにお
浅野いにお先生の最新作。初回が掲載されたスペリオールを買いました。
アクションの構図がかっこいいんです。
ここで気持ち悪いことを言ってしまいますが、ショートパンツの足の付け根のあたりの描き方が妙に肉感的といいますか、足の付け根、太ももの膨らみ具合の描き方にフェチズムを感じます。
主人公もショートパンツで戦うし、1話目のクライマックスの見開きもあおり気味のショートパンツです。
ショートパンツの向こうに広がる緻密な背景、架空都市。
2巻も楽しみにしています。
板垣先生が自衛隊にいた時のことを描いた漫画です。
その中で「オナ禁」の話があるのですが、爆笑しました。
プライベートで「オナ禁」をしている友人がいるのですが、彼と「オナ禁論」で盛り上がりました。
2023年。いい年でした。
ようこそファクトへ 魚豊
若かった頃よりはたいして漫画読まなくなってしまったんですが、今年読んだ漫画の中では一番面白かった作品です。
昔からみんなの周りにあるはずなのに、これまで誰も扱ってこなかった題材、それだけで「ああ、やられた!」と思いました。
僕も貧乏だったということもあり、貧乏だと食べるものも、見聞きする情報もカロリー高めになりがちというか、持たざる若者からの景色にとても見覚えがあって、初めて「カイジ」を読んだ時のような、「この漫画は間違いなくおれに語りかけている!」と思ってしまいました。
黄昏流星群 弘兼憲史
マンガワンで、あるいはKindleでちょこちょこ読み進めているんだけど、まだ最新刊まで辿り着けていません。来年には全巻読めるようにしたいです。
特に面白かった回をメモしているので、全部読み終わった時に「自分はどういうストーリー構成によわいのか」というのを分析しようと思ってます。
「思いついたことをそのまま漫画にしたいんだけど、いざ描いてみると色々整合性がとれないし、何が言いたいのかわからんし、そもそもつまらん。」ということに大体の人はなると思うんだけど、荒木神までなると、その思いついたことをそのまま描くことが出来るのかなー。というようなことを考えました。
小説ならそういうことってできそうな気もするんですが、漫画って描くのに時間かかるし、その間に意識が入り込んでくるじゃないですか。
明晰夢を見ているように、あるいは酔っ払って踊っているように、そんな風に漫画が描けたらどんなに楽しいだろうか思います。
水田マル
1.SPUNK - スパンク! /新井英樹
2.スキップとローファー/高松美咲
3.かわいすぎる人よ!/綿野マイコ
4.自伝板垣恵介自衛隊秘録~我が青春の習志野第一空挺団~/板垣恵介
5.インターネット・ラヴ!/売野機子
人間が大好き
2023年ベストマンガ10選
1 出会って4光年で合体 太ったおばさん
驚くべき美少女、醜い竿役、奇妙なフェチ、○○しないと出られない部屋……。エロ漫画にありがちな都合のいい設定はどのような理由があり、またどのような願いが込められているのか。そして彼らは幸福なのだろうか?おそらく本作はこのような素朴な疑念をとっかかりにして、同様に”都合のいい設定”であるところの生命、地球、宇宙、そして更なる高次元にまで射程範囲を広げて根源的な問いに発展させ、ベタにメタに考え尽くした結果生まれたのではないかと思う。
はじめは癖のある伝奇エロスと教養ネタに下ネタを絡めたナンセンス文学に見えるかもしれないが、読み進めるうちに壮大な仕掛けや著者の恐るべき知識の深さ、興味の広さを知ることになる。漫画においては禁じ手ともいえる大量の地の文が膨大な思弁を語って小説と漫画の境界を越え、様々な対象へと視点が切り変わり、認知の限界を超越し、そうして世界とその外側を少しずつ明らかにしていく。物質の発生から人類の歴史に至るまでひとつの宇宙の歴史が、様々な誰かの語りによって編まれていく。そこには常に祈りがあった。そうした宇宙の歴史をたどる遠い旅路の果てで、この問いの原点であるただひとつのセックスへと回帰する。ゆえに本作は必然的にエロ漫画として描かれなければならなかった。この作品はすべての生を肯定する賛歌なのだと思う。
2 遠い日の陽 横谷加奈子
主人公のある高校生が、偶然にフリマアプリで見つけた知らない誰かの幼少期の写真を購入するところから物語は始まる。写真をきっかけに、あまり前向きでない今の人生と違って愛されていたと実感できる幼少期に思いを巡らせる主人公。アプリを通じてごくわずかに交わされた奇妙な交流が、その後の人生に意外な影響を与える。
この作品の魅力は飾らなさがもたらすリアリティにあるのではないかと考える。背景事情の理解に必要なものごとは最小限のコマや絵だけで示され、読者に向けた過剰な説明感は全くない。何かドラマチックに山場を作るような演出上の作為も入らず、またこの奇妙な交流の回数も決して多くはない。どこで何が起き、どのあたりでクライマックスに入るのか、そうした予感もおそらくは意図的に排除されている。この作為の徹底した排除は人生は誰かに見せるためのでもないしドラマのように何かが予告されるものでもないというリアルでドライな視点のようでいて、一方でこの作為がないからこそ、自らの偶然の行動や奇妙な縁が人生のターニングポイントを作り出すことの不思議さや面白さが説得力を持つのではないかと思う。賛歌ではない形で人生を称えることもできるという驚きがある。
3 マグロちゃんは食べられたい! はも
マグロ大好きな少女・みさきが釣り上げたマグロが美少女・まぐろに変身し、食べてほしいと迫ってくるところから百合風味のドタバタ同居コメディが始まる4コマ漫画。元マグロがいる隣で主人公がマグロを食べていてもマグロの世界では共食いは普通だったので気にしない、というようなエッジの効いたきわどいギャグを次々と繰り出しながら、笑いを装って人と魚の価値観の断絶をこれでもかと突き付けていく。この元マグロの少女・まぐろは人間が素朴に抱く家族愛や友情といったものを持ち合わせておらず、自然の摂理に沿って捕食されて死ぬことが幸福という揺るがない信念を抱いており、さながら『ミノタウロスの皿』のような状況で結末が先延ばしされ続ける。さらに主人公・みさきはマグロを食べないでいると体調を崩すほどにマグロを好んでおり、人間でありながら生態系の頂点捕食者のような性質をもっていることをこれまたギャグを隠れ蓑にして示し、魚側の倫理に従ってしまいかねない危うさを示唆する。しかし本作の最大の見どころは悲劇的な結末の予兆ではなく、互いに深い断絶を抱えて分かり合えずにいても結論を急がず、一時的であっても楽しい時間を過ごすことができる……という、『ミノタウロスの皿』より更に先に進んだ主張ではないかと思う。安易な相互理解を描かず、理解できなくてもいっときの共存はできるということを描き続ける姿勢に胸を打たれた。
金欲しさにクトゥルフホラー風味の怪しいバイトにいそしむ女子高生を描く、基本的には1話完結のホラーコメディ。といってもまんがタイムきららのギャグ漫画の世界だから”基本的には”誰も死んだり発狂したりはしない。そうしてこの世界のリアリティラインに馴染んできたころに、いつのまにか背景が黒ベタ塗りに変化してギャグ時空が崩壊、本当に人が死んだり発狂したりしかねない危機的状況が訪れる。何とかその難局を切り抜けるといつのまにか元のギャグ時空に戻っていて、読者は煙に巻かれたような違和感を覚えつつもいつものギャグでひと笑いして読み終えることになる。だがよく考えるとクトゥルフホラーのような仕事をやっているにもかかわらずギャグと認識している普段の方が狂気では……?読者は正気と狂気の境を揺るがされ、闇に呑まれていく……。
掲載誌のカラーを悪用した狂気の演出もさることながらギャグ漫画としての地力も高く、しっかりと笑いを取れるからこそ、このホラーの仕掛けが効果を発揮する。ここに笑いと認識の狂いは紙一重であるという批評性がある。
5 春あかね高校定時制夜間部 heisoku
春あかね高校定時制夜間部に集まる個性豊かな生徒たちをえがく青春群像劇。それなりの人数の生徒が何かしらの事情や困難を抱えているが穏やかに受け入れあっていて、時にローでネガティブな空気をまといながらも決して憐れんだり悲観的な結論になったりはしない。この温度感はうつ経験者の肌にとても合うように思う。
著者の人間観察眼のするどさも本作の大きな魅力だろう。たとえば精神疾患を抱えるキャラクターが、錠剤ではなくエビリファイ内用液のチューブをくわえるシーンは漫画どころか創作の中で観たことがなく驚かされた。同時に錠剤に伴う濫用や依存のネガティブなイメージを排することにも成功しており、ただ珍しいものを見つけて描くのではなく、それを描く意義も含めて練られていることがわかる。1巻完結となってしまったことが惜しまれる。
6 破滅の恋人 郷本
幽霊屋敷に住む不思議な女性と少女をめぐるエピソードを、実験的手法を多く用いて描く百合漫画作品。
泡や煙がコマを飛び越えて画面全体を呑み込んだり、額縁がついていたり、背景とコマを越境したり……といった奇抜なコマ割り、未来派の同時主義絵画のように複数の時間と空間を同時に閉じ込めた画面、妄想と現実のシームレスな移動、そうした独特な手法が見本市のように盛り込まれているが、一方でそこには視線誘導など漫画的な意図も込められ、ちゃんと”漫画”として読めてしまう。初見で驚くべき漫画として読んだ後は、今度は画面全体を”絵画”とみなし、秘められたコードを読解するような知的遊戯へ自然にいざなわれてしまう。このような体験は他の漫画では味わったことがない。
7 砂の都 町田洋
舞台は砂漠の孤島。ここでは建物は記憶によって建てられ忘却によって崩壊する。そんな記憶と建物をめぐる不思議な物語が紡がれる。
ミニマルな線と絵柄なのに(だからこそ?)日差し、陰、夜空、水といった光の絡んだ表現が相変わらず抜群に上手い。ミニマルさと相まってそれらは蜃気楼のような手触りをもたらす。そして静寂な風景。静けさを絵で表現できる漫画家って町田洋しかいないんじゃないか。そしてそんな静かな絵だから記憶と建物という物言わぬ蜃気楼のような存在を選んだのではないかと思う。
8 特別支援系地下アイドルユニット ハッピー障害児ガールズ 綿本おふとん
先天性四肢欠損、全盲視覚障害、知的障害の女の子三人組が、特別支援学校内で地下アイドルを結成。天皇=アイドルとみなす独自の理論をぶち上げ夢に向かって進んでいく。ところが本作ははじめからアイドル漫画の枠を逸脱し、アイドル論を起点にして日本という国家の正体や政治についての思索を無軌道に繰り返していく。現在の時間軸を描く本筋とは別に未来の予告が頻繁に挿入されて時系列が入り乱れ、様々な悲劇や革命が起こり、そして将来的には天皇位を簒奪してしまうことまでもが示唆されている。障害や天皇といったタブー要素はたしかにインターネットの不謹慎ユーモアのセンスに近しいかもしれないが、本作においては露悪のアピールなどではなく著者は至って真剣に題材を扱い、鋭い批評精神とほとばしる知的好奇心から考察を重ねたうえで挑発的な主張を繰り出しているように見える。ストーリー展開のみならずどのような思想や風刺が飛び出すかも分からない、狂気と知的好奇心のスリルに満ちた無二の読書体験を与えてくれる。
往年のロックマンエグゼシリーズを復刻した「ロックマンエグゼ アドバンスドコレクション」の発売を記念してホームページ上に掲載された、漫画版ロックマンエグゼの描き下ろし特別編。
ゲームの発売から約20年が経過したことに合わせて劇中時間も本編から20年後。熱斗や炎山をはじめ社会人になった登場人物たちはシルエットで登場して姿が明示されないが、歳を取らないネットナビは当時の姿のままオペレートの機会を待っている。同窓会当日、会場がウイルスに襲われる事件が発生。ウイルスバスティングのため久々のオペレートに挑む熱斗たちはいつの間にかシルエットから20年前の姿に戻り……。
変わらないネットナビはこのゲームで、かつての姿に戻った熱斗たちはかつてのプレイヤーたちに他ならない。こうした記念漫画が懐かしコンテンツの提供にとどまらず、現代を生きる現実の人間を対象にして祝福するという仕掛けに感動し、ベスト10に選んだ。
10 オタク女子が、4人で暮らしてみたら。 藤谷千明 泥川恵
同名エッセイの漫画化。アラフォー独身女性4名の実際のシェアハウス生活が紹介されている。やはり絵が付くと共感や感情移入の度合いが一気に高まる。連載という形式も日々の経過と対応していて良い。
文字で読んでいた時は気付かなかったが、漫画になってみたら意図は別として萌え四コマのイデアに対する現実側からの反論っぽい。すなわち”同居はだれでも簡単に出来るし、若くて歳も取らないし、時間も進まない”……みたいな都合の良い設定と違って、現実では社会が独身か(男女の)既婚以外に家庭の形態を想定してないから大変だし、そろそろ老後のことも想定しないといけない。そしておれも萌えとか言っている場合ではない。
葉や川いおり
わたしひとりの部屋/udn
アンチマン/岡田索雲
あくたの死に際/竹屋まり子
みいちゃんと山田さん/ダイアナ
ずっと青春ぽいですよ/矢寺圭太
ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ/魚豊
遠い日の陽/横谷加奈子
クソ女に幸あれ/岸川瑞樹
恋とか夢とかてんてんてん/世良田波波
ふつうの軽音部/クワハリ
竹田純
『なんと孫六』
今年は育児と疲労で、ベテランの超長編が面白かった。81巻通して主人公が一番魅力的なのはすごい。
『ジパング』
自衛隊が山本五十六と共闘するトンデモ話を描き切った構想力とスケールすごい。ベストの終わり方。
『10DANCE』
お互いのスキルを交換して社交ダンスの世界を目指す二人のダンサーの話。おもろすぎる。
『ラムスプリンガの情景』
アーミッシュと役者崩れのお話。アニメ化してほしい。
『魔都精兵のスレイブ』
要素てんこ盛りなのだけど、絶妙なバランスでいやな感じがしなくてするする読んでしまう
『ミワさんなりすます』
情報量と出し方がなんか気持ちいい。勉強になる。
『Dr.エッグス』
山形の医大生の漫画。医者の仕事それ自体が刺激的ということがよくわかる贅肉のないマンガ。
『この世界は不完全すぎる』
主人公はバグを見つけるデバッガーで、ゲームから出られなくなる。まじめだけどなかなかうまくいかない人を見てるようでグッとくる。
『サチ録』
気づけばこの漫画の更新を待っている。友達が書いた超絶面白いマンガという感じでいい。
『二階堂地獄ゴルフ』
慣れてるのもあるのだろうけど、圧倒的な読みやすさ。
ななめの(織戸久貴)
・紫のあ『この恋を星には願わない』1
映画を目指して漫画を構成する作者の数は決して少なくないが、ここまで映像の魔術をコマとして再現できているレベルの漫画があるだろうか。この作者にかかればLINEのチャット画面ですら人間と情緒とリンクしてしまう(当該シーンは2巻に入る予定)。
・9℃『幼馴染のお姫様』1・2・3
少年ラブコメ漫画/ライトノベルのこれまでとこれからを橋渡ししてくれる可能性を見せてくれた一作。惜しくも4巻で完結となってしまったが、これは読者の側に受け入れる準備ができていなかっただけだろう。
・梶川岳『パパのセクシードール』1
人間は社会的な生き物であるので、そこに割かれるべきすべての愛がただひとつとの関係に溶けて注がれよとするとき、見出せるのは真実だろうか。惜しくも2巻完結となってしまった。
・じゃが『恋文と13歳の女優(アクトレス)』1・2・3
アンバランスな関係はフィクションにおいてむしろ心地よさの根拠にもなってしまう。けれどこちらにはその甘い考えをただ殴るのではなく、あたかも毒を盛って戻れなくさせようとする気迫がある。
・みそくろ『思春期姉弟』1
思春期にはさまざまな扉があるというだけでまるで火薬庫のように見えてくる。
・幌田『またぞろ。』3
今年最も人間を描いた漫画のひとつ。惜しくも3巻完結。
・はも『マグロちゃんは食べられたい!』2
クレイジーなテンションで次第にこちらの倫理観を揺さぶってくるということは優れた漫画であるということのはず。惜しくも2巻完結。
アクセルを踏み続けてもクラッシュしないギャグ漫画ってなんなんだ。
・中西ノブヒロ『恋は忍耐』(未刊行)
作者が本気で書けるものを見つけたときにしか得られないものがここにはある。
・郷本『破滅の恋人』1
百合のストーリーフォーマットでなぜかバンドデシネをやっている。ストーリーの不穏さも心地よさも、視線の流れやコマの切れ味も揃っているのだが、こういうとき「漫画が上手い」というだけの言葉に還元せずに語るためにはもっと読者が必要なはずだ。というわけで読んでください。
福岡ゆい
https://twitter.com/docomo_fukuoka
涙雨とセレナーデ 河内遙
遠い日の陽(読み切り) 横谷加奈子
ダイヤモンドの功罪 平井大橋
インターネット・ラヴ! 売野機子
ファミレス行こ。 和山やま
ふつうの軽音部 クワハリ
君と宇宙を歩くために 泥ノ田犬彦
あらくれお嬢様はもんもんしている 木下由一
花四段といっしょ 増村十七
1983(読み切り) すぎむらしんいち